2013年7月24日 (水)

平成の伊能忠敬375

7月23日(火)江の島~自宅 27km

いよいよ最終日。自宅に向けて歩くのだ。なにか非常に嬉しい。それは日本一周の完結だからだ。靴ひもをぐっとひっぱりしっかり結んだ。

朝の江の島です。

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スタンバイ

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江の島をバックに最後のスケッチ。

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「鎌倉高校前」駅に江ノ電が停車した。この駅、映画などによく取り上げられる。

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鎌倉由比ヶ浜海岸

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鎌倉から逗子へ抜けるのに難儀した。車だと簡単でトンネルを越えればすぐ逗子である。しかし、このトンネル、歩行者はストップであった。それでやむなくまき道の小坪周りを行くことになった。

横須賀の文字が・・・

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いつも車ばかりで通っていた道路を歩くのもいいものだ。三浦半島は最短距離で自宅へ向かいました。とうとう自宅に着いた!

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 こうやってブログを自宅で打っていることが不思議。帰ってきたことを実感する。総日数478日、歩いた距離は概算で12000kmぐらいか。靴は6足履きつぶしました。

 日本中を歩いて感じたことは多くの学校が立派だった。それぞれの地域の教育にかける思いが伝わってくる。

 旅の途中で多くの子どもたちに会ったが、小学生から高校生までよく挨拶をしてくれた。こんな格好をしているので旅をしているのがわかるのだろう、向こうから自発的にしてくれる。そんな子どもたちの目が輝いているのを感じた時など嬉しくてこちらも元気になり日本ていいなあと思った。

 また、日本中どこでも田が青々としていて、秋ともなれば黄金色になる。畑は季節の野菜が効率よく植えられ山の上まで段々畑が広がっている。海には養殖のいけすや棚が整然と並べられ日本人の勤勉さをものがたっていた。この勤勉な国が亡びるはずはないとつくづく思った。またとても親切。道を聞けばだれもが快く教えてくれる。また日本ていいなあと思うのである。

 

 海岸線だけではあるが日本国中を見てきてわが故郷が一番いいと思ったのも事実。やはり住めば都。また家で妻と二人で住むことの充実感を今日ほど強く感じた日はなかった。

 最後になりますが多くの方々にこのブログを読んでいただいたこと大変嬉しく思っています。コメントもいただき、それが励みになりました。皆様に心より感謝いたします。

 これより私はこの旅で得たものを糧に人生の第2ステージをおくります。    完




















2013年7月23日 (火)

平成の伊能忠敬374

7月22日(月)小田原~江の島 31km

 いよいよ今日の宿が最後の宿だ。1年3ヶ月と3週間、よくもまあ体調も崩さず、風邪もひかずにこれたと思う。今振り返るとここ10年、いや20年、もっとかな?風邪をひいた記憶がない。
 子どもの頃に戻るが、母親から「咳をする人がいたら呼吸を止めなさい」とよく言われたものだ。親のいう事などあまりきかないのに、この事だけは子どもの頃から守っている。結構離れていても咳やくしゃみを聞くと条件反射で呼吸が止まるのである。このことが効を奏しているのかわからないが風邪知らずなのである。いずれにしても体調が悪ければ旅は続けられない。丈夫な子として産んでくれた親に感謝なのである。また、結婚してから食事のことをいろいろ工夫してくれた妻にも感謝だ。


国道1号線を歩く。東海道である。松の木がそれを思わせる。

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日本橋からの距離もでているので東海道を歩いている気分になる。

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 今日もセミの鳴き声がすごい。聞くのはシャンシャンと鳴くクマゼミだ。最近はどこでもこのクマゼミが多い。鳴き声がするのに姿がなかなか見えない。今日は正体をとらえてやろうとじっと見つめていた。とうとうクマゼミをとらえた!

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太平洋岸自転車道がここにもあった!そういえば静岡県にもあったな。

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これが太平洋岸自転車道で右が西湘(せいしょう)バイパス。(国道1号線のバイパス)

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西湘バイパスは国道134号線に合流する。

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相模川に架かる橋は新しくなり、名称もトラスコ湘南大橋という。トラスコ?なんという意味だろう。(@Д@;

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 茅ヶ崎(ちがさき)市の柳島から鵠沼(くげぬま)海岸まで海沿いの自転車道があった。距離にして7.7kmもある。飛砂防止の竹垣もステキだ。

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江の島もだんだん近くに見えてきた。

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江の島です。

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2013年7月21日 (日)

平成の伊能忠敬373

7月21日(日)湯河原~小田原 26km

 妻とはここ湯河原で別れた。一足先に家に戻り、私を迎える準備をするというのだ。
この旅を始めてまだ1ヶ月も経たない頃、茨城県の宿の女将は、私の旅のことを聞いて、「あんたも偉いが、奥さんの方がもっと偉い」と言った。その言葉がよみがえってきた。私が旅に出るのを快く送り出してくれたし、今こうやって迎える準備をしてくれるというのだから。一番に感謝をしなければならない。

こんなことを考えながら朝の湯河原を歩く。

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国道135号線は海沿いである。

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歩道がないので注意して歩かねば!

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小田原に着いた。小田原港である。小田原提灯の形をした堤防燈が面白い。

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ミカンは青い、小さな実をつけていた。

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 早川に着いた。ここに秀吉が築いた一夜城があるというので行ってみる。地元なのにまだ行ったことがなかった。長い坂道を2kmも上った。

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 秀吉が天正18年(1590)小田原城を攻めるため造った城で太閤一夜城とか石垣山一夜城とよばれている。一夜城といっても実際は城造りに80日間かかったそうだ。その本丸跡から見た小田原市です。小田原城が真ん中左端に見える。

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小田原城です。


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2013年7月20日 (土)

平成の伊能忠敬372

7月20日(土)伊東~湯河原 27km

国道135号線を歩く。伊東は何回か来たので見慣れた風景にほっとする。

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伊東の海である。早朝のせいか人はいない。遠く細い島影は真鶴半島だ。

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伊豆急伊東線。

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宇佐美海水浴場です。

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道路直下に広がる南熱海の海水浴場。

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熱海の街が見えてきた。今日の夜は花火大会だそうだ。人出でにぎわうことだろう。

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熱海の海水浴場です。

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湯河原に入った。いよいよ故郷神奈川だ!
山の斜面はミカンの木でいっぱい。花も終わったので小さな青い実がついているだろう。

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真鶴半島がもう目の前だ。

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2013年7月19日 (金)

平成の伊能忠敬371

7月19日(金)熱川~伊東 25km

熱川から対岸に大きく大島が見えた。

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 国道135号線を歩く。伊豆高原駅から城ヶ崎自然探究路があり、海沿いの道を城ヶ崎までいくことができるというのでここを歩くことにした。人が1~2人しか歩けない細い道であるが、海っぺりをいくので景色を充分楽しむことができた。

城ヶ崎自然探究路には大室山が噴火して、マグマが海岸まで流れ出た痕跡が多く残っていた。柱状節理がよくわかる岩。

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カンゾウ咲く自然探究路。

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灯明台跡。常夜燈があったそうだ。

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 日蓮が鎌倉幕府に逆らい伊豆に流されたとは聞いていたがここだったとは。写真の中央の岩、俎(まな)板岩に置き去りにされたという。

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吊橋もあり充分楽しませてくれる。(門脇吊橋)

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魚見小屋。ボラ漁のための見張り小屋である。江戸時代から昭和30年代まで機能を果たしたという。

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2013年7月18日 (木)

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7月18日(木)下田~熱川 25km

国道135号線を歩いた。下田の外浦海水浴場である。

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下田の漁港。丸い船着き場がおもしろい。

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天気も良かったこともあってとにかく美しい海岸線が続く。

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白浜海水浴場です。

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 このきれいな白浜海水浴場を見て、わたしが思わず「泳ぎて~」というと妻が「じゃあ泳いでいきましょう」と言ったのだ。(すみません。申し遅れましたが妻は下田から合流していたのです。)
 こっそり水着を持ってきていたのだ!海の家にとびこみ水着に着替え、汗だくの体を冷やした。

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 海で泳いだのは何年ぶりなのかすぐには思い出せないほど昔だ。
後の行程を考えるとゆっくりもしていられず、そそくさと引き揚げたがいい思い出ができた。
 久しぶりの海水浴の感触は快適だった。








2013年7月17日 (水)

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7月17日(水)石廊崎~下田 20km

石廊崎はアロエの産地でアロエの出荷の準備をしていた。

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石廊崎灯台です。

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灯台の先を下ったところに石室神社があった。

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ハマボウ咲く青野川(写真)を渡り、国道136号線へ抜けた。

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下田に着いた。下田は歴史の街である。先ず宝福寺を訪ねた。

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 宝福寺には唐人お吉の墓があった。また勝海舟はこの宝福寺で坂本竜馬の脱藩の罪を不罪とすべく山内容堂に直談判した。

下田港にはペリーの上陸の碑があった。

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ペリーが上陸し歩いたとされるペリーロード。

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そして、日米和親条約が調印された了仙寺。

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 下田港に停泊していた黒船に乗り込み、渡米を懇願したが受け入れられず捉えられた吉田松陰拘禁の場所には碑が建てられていた。

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 お吉が明治15年(1882年)に小料理屋を営んだ安直楼。だが2年で廃業。この後お吉は薄幸の人生をおくる。

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平成の伊能忠敬368

7月16日(火)松崎~石廊崎 30km

南伊豆に向け国道136号線を歩く。

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松崎に別れを告げる。

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松崎に室岩洞という採石場があった。

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 伊豆石の産地で江戸時代から昭和29年まで稼働していた。伊豆石は柔らかくて加工しやすく耐火性にも優れた石材で、江戸城の石垣や倉に使われた。採石されたものはここから船で運ばれた。

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この採石場にアカテガニ?が多く生息していた。

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岩地の海水浴場。東洋のコートダジュールとして売り出しているためかオレンジ色が目立つ。伊豆の家屋そのままがいいのに・・・。向こうにこれから歩く坂道が見える。

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石部の集落と海水浴場。今日はウイークデーだからなのか泳いでる人はいない。

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クネクネの海岸線は続く。

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雲見浜です。伊豆には集落ごとに海水浴場がある。

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 ここを過ぎると雲見峠を越えなければならない。名前からいやな予感がした。やはり長いきつい上りが続いた。この坂を上りながらいろいろ考えた。
 私の旅はあと1週間で終わる。順調に行けば家に帰着するのは7月23日。もうこの旅の総括段階だ。北海道の増毛で同宿した人に「そんなに長い一人旅をしたらきっと人生観変わるよ」と言われた。
 人生観は変わったのだろうか。自分の心に聞いてみる。
 この旅の後半に入った時から、家に帰ったらどうするのだ、どう生活をするのだという問いが大きくなってきた。この問いの答えをずっと考え続けてきたことは確かだ。今後の生き方を真剣に考えるという意味で人生観が変わったといえば変わった。
 仕事中心の時代は充実はしているが周りを見るゆとりもなかった。そんな時代は人生の第1ステージで、今登っている坂道のようなものだ。つらく苦しいことも多い。
 上れば下りがある。雲見峠の下りに入った。景色を楽しむ余裕もあり鼻歌も出そうな気分。  そうだ、第2ステージはこの下り坂。これからの人生、このゆとりある下り坂を多いに楽しもう!旅はこのことをはっきりと確認させてくれた。長い旅はまだ終わっていない。最後まで気を引き締めて完歩しよう。
 
セミの鳴き声のシャワーを浴びながら、なんだか今度は急に家に早く帰りたくなった。

そんなことを考えているいるうちに子浦の集落が眼下に見えた。

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なまこ壁の蔵。

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石廊崎の眺めです。

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2013年7月15日 (月)

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7月15日(月)宇久須~松崎 13km

瀬浜海岸の三四郎岩です。

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 潮が引くと地続きになり歩いて渡れるという。潮の干満によって海がわれるのをトンボロ現象というのだそうだ。今日は陸続きではないが左右からくる波のぶつかり合いが見られた。これは鹿児島県指宿で見たのと同じだ。 

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大あくび岩とハート岩。(かってに名づけました)

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堂ヶ島です。

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堂ヶ島の海水浴場。思ったよりすいている。

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松崎に着いた。

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2013年7月14日 (日)

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7月14日(日)戸田~宇久須(うぐす) 23km

朝の戸田の様子です。今日は富士山がバッチリ。

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海にはコバルト色の魚が群れをなしていた。

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戸田の海水浴場。

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 今日も朝からよく晴れて暑い。海沿いの県道17号線を行くわけであるが、次の集落までいくのに山道を登り、集落は海岸にあるので、そこまで下ることになる。要するにアップダウンの繰り返しである。
 山道になると自販機もなくなる。水をいっきに飲んでしまうと後が苦しくなる。よく自分でも熱中症にならないものだと思う。実はこれには秘策がある。
 三保松原で泊まった宿の女将が梅酒を小瓶にくれたのだ。500mlぐらいあるので重くなるので断ろうかと思ったが、せっかく用意していただいたので断ることもできなかった。
梅酒の小瓶でふくらんだザックのポケットを見つめながら、なんとか軽くする方法を考えた。そうだ!飲めばいいのだ。飲むというより舐めるのであるが・・・。利き酒をするように梅酒を口に含み、あとは水でうすめる。これが意外といいのだ。暑さがあまり気にならなくなる。もちろんチドリ足になる前に必ずやめる。白線の上をまっすぐにちゃんと歩けるか 試す。
 熱中症対策でメディア が取り上げない訳もわかる。あちこちで交通事故が起こって大変なことになってしまうから。

こんなことを考えながら歩いていると見晴のいいところへ出た。遠くこれから行く中伊豆が見えた。

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小土肥(ことい)の集落です。土肥より小ぶりなのでこの名が付いたのでしょう。

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土肥海水浴場です。

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土肥を過ぎると国道136号線となった。

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今日の目的地、宇久須だ。

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